自分よりも辛い人がいる・・・それが何か?

世の中自分より辛い人はたくさんいる。

そのことが、今以上の苦労や我慢を自分にさせる理由になるだろうか?

人と辛さの比較をしたところで自分を救うことはできない。

自分は今どのくらい辛くて、実はどのくらい余裕があるのだろうか?

それにしても、辛いと感じている自分がいることに何ら変わりはない。

もしその辛さに目を向けず、自分をごまかしごまかし生きていったとしても、その辛さは増していくばかり・・・

それどころか、その辛さにいつか飲み込まれてしまう時が来るかもしれない。

であるならば辛さを訴えている自分に対して、適切な処置を施してあげたいもの。

自分を辛くさせている真の原因は何だろうか?

何によってその辛さは生まれたのどろうか?

どのような環境に自分を置くことによってその辛さが増しているのだろうか?

どうすればその辛さから自分は解放されるのだろうか?

そうしたことを一つ一つ具体的に把握して、それぞれに適切な処置をとらなければ、その辛さは解消されない。



人と比較をして、自分はまだまだだと頑張り続けた末に、本来の自分を見失ってしまう、或いは取り返しのつかない状態に陥ってしまわぬうちに、苦しんでいる自分に早い段階で目を向け、自己救済に取り組むことをお勧めしたいものである。





2022年7月24日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

人は見ているようで・・・

人は見ているようで見ていない、

しかし見ていないようで見ている人がいる。

人とはそんなものではないだろうか。

2022年7月22日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

手遅れにならないうちにしておきたいこと

人は問題が大きくなってから対処しようとする傾向がある。

この位だったらまだ大丈夫だろう、まあ何とかなるさ、

と放って置くことをついつい選んでしまう。

更にその後も小さなサインを無視し続けていれば、いつの間にか問題は大きくなり、気づいた時にはもう手を付けられない程のものになっていることがある。

治療が手遅れとなる重い病気、修復困難になる家族関係や諸々の人間関係、あの時ああしていればは、もうこの時点では通用しない。

出来ればこのようにならないうちに、『ちょっとこれはまずいかも?』となんとなく感じた時点で修復・修正をしておきたいもの。それは小さな違和感を大切にする生き方と言ってもよい。

今が良ければよいなどと楽しいことばかりを追い求めていたり、大きな刺激ばかりを求めていると、この感覚は失われてしまうかもしれない。











2022年7月20日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

両親との関係に苦しむ人たちへⅡ

親にはなかなか解ってもらえないことがある。

訴えても訴えても、何故か受け止めてもらえない。

価値観が違うのか? 

生きてきた背景が違うのか?

あえて受け入れようとしないのか?

子どもはその解ってもらえないストレスから、ただ親を観ているだけでイライラしたり、口を利かなくなったり、ふてくされた態度をとり続けていくようになる。

そんなことをしているうちに、最初に解ってもらいたかったこと自体が解らなくなり、なぜ自分が親に対して不満をぶつけてるのかさえも解らなくなっていたりする。



本当だったらもう少し親に優しくしたいのに・・・

仲良くしたいのに・・・

でもでもでも・・・

どうしてこんな風になってしまったのだろう・・・


そんな心の葛藤を紐解いていく時、時折見えてくるシンプルな気持ちがある。

『自分のことを一番に見てもらいたい』

『自分をもっと見てもらいたい』

そんな気持ちが満たされていないことから生じた様々な感情が、心の中でよじれてこじれてグチャグチャになっていたりする。

しかし大人になってしまってから、そのような気持ちを親に伝えることは、なかなか難しい。



このような心の中の葛藤が、様々な人間関係に影響を及ぼしていく。

うまくいかない異性関係や結婚生活、職場を辞めざるを得なくなるほどの上司や部下との敵対関係、ことある毎に期待が裏切られ思うようにいかない人間関係が付きまとうようになる。



そのようなことが続くようなら心の内側に目を向け、そこにある様々な思いを解放していくことが、根本的な解決への一歩となる。



2022年7月19日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

どうしてこうなるの・・・

自分や自分の周囲で起きた不幸な出来事が起きた時、その場面だけを切りとって、呪われているとか、酷い仕打ちをされたなどと思うことがある。

しかしその物事が起こるまでには、それが起こるべく様々な要因が積み重なっていたりする。

ある日重い病気にかかっていることが発覚するという場合においても、その病気になるまでには、生活習慣など様々な要因の積み重ねがあり、発病という結果が現れてくるのである。

同じようにある日突然事故に遭ったり、人間関係が壊れたり、心が壊れたりするのも、不注意・傲慢・自分への無関心など、何らかの要因が知らず知らずのうちに積み重ねられているのかもしれない。

原因無くして結果は無し。

私たちは起こった出来事が辛いものである時、それを嘆いたり、悲しんだりして悲観的になりがちだが、それにはどんな要因が積み重なっていたのか、冷静に振り返り、その要因を取り除いたり変えたりするなど、適切な対応が必要になる。


私たちは普段の積み重ねのプロセスに注意を払いつつ、 新たな未来を創り出していきたいものである。


2022年7月9日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

あの人のようになりたいと思うこと

あの人のようになりたいと思い、 一生懸命頑張って努力をする。

その結果あるところで息詰まり、あの人のように自分は成れないと思う人もいれば、その人を超えていく人もいる。

いずれにしても最終的には、自分自身になることを私たちは目指している。

2022年7月8日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

理想ばかり追いかけていても・・・

理想ばかりを追いかけて何年経とうが、それが現実にならないことがある。

そんな時はその理想そのものを見直すか、

理想を現実化させるためのアプローチを変えるか、

どちらかの手段を講じなければ、理想は理想のまま終わってしまう可能性がある。

今の自分にとって何が現実的に必要なのかということを、

適当にしないでしっかりと見定めることが、豊かな未来へ向かって土台を築く一歩になる。


2022年7月7日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

どうしてあの人はいつもああなの!

ある人に対して納得いかないことがある時、

どうしてあの人はああなのだろうとか?

きっとあの人は○○であるに違いない!

などと解釈することを止めて、ありのままにその人を見ることが出来れば、

自分の心が解放されていくことがある。

夫は決して気持ちを解ってくれない・・・

妻は頑固で融通がきかない・・・

だから自分は○○でいなければならないんだ!

等と解釈したり決めつけたりして過ごせば、その人といる時間が長くなればなるほど、ストレスがかさんでいく。

その人をただそうなんだとありのままに見るようにしてみれば、確かにそういう部分もあれば、そうでない部分もあることが解ってくる。

或いはそういう時もあるが、そうでない時もあるということが解ってくる。

人はいつも同じではいられない。


人のある局面だけをクローズアップして観ている自分が、本当は自分を一番苦しめているのかもしれない。

そんな自分の心に融通を利かすことが出来れば、人と居ることが少し楽になることもあるかもしれない。





2022年7月4日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime