自分を条件付きで愛する人は

ああするべき、こうするべき、

ああなりたい、こうなりたいが多くなると、

ありのままの自分を愛せなくなる。

いつも自分に条件付きの評価を与えるようになり、

○○でない自分や、○○になれない自分を、ダメなモノ扱いしがちになる。

自分が定めたことを、自分がクリアーしているうちは良いかもしれないが、

それができなくなった途端に、自分が嫌になっていく。

そしていつしか他人に対しても、同じような態度をとっていたりするようになる。

あの人は○○だからダメ、○○ではないからまだまだね。などと・・

人の至らぬところがやたら目に付くようになり、ありのままのその人を受け入れられなくなる。

すると人に対しての批判や不満が多くなり、次第に人との距離が離れ、なかなか人を愛せない自分になっていくのである。

一生懸命生きている割に、幸せを感じられなかったり、他者から見れば申し分のない状況にあるのに、心の中に寂しさ虚しさを抱えてしまうのは、こうした理由からなのかもしれない。

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2021年6月6日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

もうこんな人生嫌だ!と投げ出す前に・・・

もうこんな人生は嫌だと投げ出してしまう前に、何かしておくことはないだろうか?

辛いことばかりが続けば、どうしても自分の人生そのものを恨み、投げ出したくなってしまうことは、誰にでも起こりうること。

自分は今本当に辛いんだ!

誰か助けてくれ!

涙を流しながら誰かに助けを求めることも、人生の貴重な体験の一つになる。

そしてその体験が、自分をより大きくしていくことになる。









2021年6月5日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

人と同じように出来ない自分は・・・

人と同じように出来なかったり、皆が当たり前のようにしていることが自分には出来なかったりすると、ついつい劣等感を持ってしまいがちになります。

そしてそのできない自分を責めたり、嫌ったり、ダメな人間だと決めつけて更に自分を追い込んでしまうと、より一層辛くなってしまいます。

しかし人にはそれぞれ持って生まれた課題やテーマというものがあるので、

一概に人と比べて優劣を付けてしまうのは、いかがなものかと思います。

特に幼少期からのトラウマや、何らかの障害を心に抱えている人にとっては、それが目には見えない分、なかなか他者から認識してもらえず、苦しくなることが多いのではないでしょうか。

もし人より何か出来ない自分がいるのなら、そのできない自分を認めて、そこからどう生きていくかをスタートさせていく方が、気持ちも楽になるし、その課題にしっかり取り組める分、逆に可能性が広がるようになります。

自分でいくら考えてもどうにもなりそうにない時は、誰かに自分のありのままを打ち明けたり、相談することから始めるとよいでしょう。



2021年6月1日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

ちょっと待って

一日一日を充実させようと、スケジュールを詰め込み、やることを詰め込み、

時間の隙間を作らぬように日々過ごしていると、

ある日を境に段々気力や意欲が湧かなくなることがある。

今までの自分は何だったの?と首を傾げ、

そんな自分に不安を感じることすらあるだろう。

しかしそんな時は、一歩立ち止まって、自分の心が追い付いてくるのを待つ必要があるかもしれない。

自分の考えのままに突き進み日夜過ごしていると、

それについていけなくなった心が、「ちょっと待って!」と声をかけてくることがある。

心は目には見えないものだから、気分や体の調子を使ってお知らせをしてくることが多い。

一生懸命走り続けてきたにもかかわらず、どうにも気力や意欲が湧かなくなってしまった時は、その心の声が何を叫んでいるのか?

聴いてみることから始めてみたいものである。









2021年5月29日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

嫌なことばかりが続いているように感じると?

人は嫌なことばかりが続くと感じると、自分の持ち味や、情熱を忘れてしまうことがある。

人生の不幸を嘆き、冴えない自分を感じ、未来に希望を見出すことができなくなってしまう。

このような時は、今までの自分の人生のプロセスをできるだけ詳しく振り返ってみるとよい。

どのようにして自分がこのような状態に陥ったのか?

それに気付くことができれば、出口が見えてくるかもしれない。



2021年5月27日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

自分をよりよく知ることで

自分をよりよく知るようにすると、悩みが消えたり軽くなっていく。

・自分の置かれている状況に対する客観性

・自分がたどってきた心のプロセス

・自分の考え方や物事に対するとらえ方の特徴

・自分のこだわりが自分に与えている影響

・自分の思いと現実におこっていることとの関係

・自分の本来の素晴らしさ

等など様々な角度から自分を、感情的にとらわれることなく観察することができれば、

悩みの解き口が解ってくるものである。

2021年5月9日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

自分の歩く道

人は時に自分の歩いている道が、

本当にこれでよいのか解らなくなることがある。

頑張って生きてきたけど、これでよかったのかな?

わき目を振らず一生懸命生きてきたけど、これでよかったのかな?

このまま真っ直ぐ歩いていく道は、いったいどこにたどり着くのだろう?

もしその先の未来に不安を感じることが多ければ、

方向転換が必要なのかもしれない。







2021年5月6日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

心の持ち方の方向性

少しのことで人を許せなくなることがある。

あの人のあの一言が・・・

あの人のあの振る舞いが・・・

あの人のあの言い方が・・・

そしてその人を自分の世界から遠ざけてしまうようになる。


そのようなことを積み重ねていくことにより、 人間関係を狭め、自分の生きる世界を狭くしてしまうことがある。

その結果いつも同じような人とばかりいることになり、人生が退屈で窮屈に感じることが多くなるかもしれない。



多種多様な人が住んでいて、ますます多様化しているこの世の中で、少しのことが許せないのは、とても無理な生き方をしているとは言えないだろうか?

これからはむしろ様々な人や状況を受け入れていく心の広さや柔軟さ、他を労わる慈悲の心を育んでいく方が、自分も他者も互いに生きやすくなるのではないだろうか。











2021年3月30日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

人が生きるのは?

人は誰かに愛されたい、認められたいという欲求を持っている。

また誰にも愛されず、誰からも関心を持たれなければ、

存在自体が危うくなっていく・・・と感じたことがる人も多いのではないだろうか。

だから人は一生懸命自分という存在を誰かに認知してもらおうと、

様々な方法で自分をアピールしながら頑張り続けていく。

その方法は千差万別、何かの成果を上げて認められようとする人もいれば、誰かを助けて認められようとする人もいる。

また人が驚くような何かをやって気を引く人もいれば、人を散々困らせて気を引く人もいる。

どんな方法をとるにせよ、人は自分の存在を現して、誰かとどこかで繋がっていたいのである。

もし人間誰もがそうであるならば、

自分自身も素直な気持ちで生きていけば、それでよいのではないだろうか。








2021年3月24日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

心のドーナツ化現象

おおよそ日本のどこの街でも、かつて栄えた街の中心部の人口が減少し、郊外の人口が増加するドーナツ化現象が起こっているように、人の心のドーナツ化現象も進んでいる。

自分の中心に自分を存在させることができず、絶えず外の情報や、損得勘定、様々な欲に振り回されて、日々忙しく過ごしている人が増えている。

あれも欲しいし、これも欲しい・・・

あれをやらなければ、これもしなければ・・・

あそこのうちの誰々は○○だから、うちも○○しなくては・・・

少しでも得をしようと、セールやキャンペーンに乗り遅れないよう一生懸命ものを買い集める・・・

取り残されないように、損をしないように、少しでも得するように、他人からよく見られるように・・・

心はいつもせわしなく、外へ外へと意識を向けているのが現代人の一般的な習慣ではないだろうか?

そのようなことに追われているうちに、心の内側が寂しくなっていく。

ふと一人になった時、ふと暇になった時、

そして急に何かがうまくいかなくなった時、

とてつもない虚しさが心の奥の方から突き上げてくる。

するとその突き上げてくる虚しさを恐れて必死で蓋をする。

そしてまた外側に意識を向け、何かで埋め合わせをしようとする。

そうしているうちに少しずつ、心の闇が深くなっていく。

気付いた時には心の中身は空っぽで虚しく、生きる希望さえ失ってしまうようなことがある。

私たちの豊かさは、外側ばかりにあるとは限らないのに・・・











2021年3月14日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime