お彼岸で自分を供養することも

お彼岸で先祖供養も大切だけれど、自己供養することも忘れないようにしたい。

辞書を調べれば、供養とは死者の霊などに、行動(身)と言葉(口)と心(意)の3種の方法によって供物を捧げることなどと書いてある。

自己供養とは、今まで生きてきた自分に感謝をしつつ、労わることが出来なかった体の部分を労わったり、叶えてあげられなかった思い、今の生活を維持するために犠牲になってしまった思いなどに思いをはせ、その思いが自分の中で現在どのように存在しているのかを観てあげることでもある。

心の内に存在する自分が納得していれば問題はないが、納得していないようであれば、今の自分に出来ることはどんなことだろうか?どうして欲しいのだろうか?と耳を傾け寄り添ってあげることも自己供養につながる。

その結果過去の自分が望むようであれば、一緒に行動してもよいだろう。昔通っていた学校や、住んでいた家、または気になる場所や人を訪ねてみるのも一つだ。

そうすれば何か大事なことを思い出したり、気づいたりすることがあるかもしれない。

なんとなくずっとモヤモヤしていた心の奥底の思いが、次第に解き放されていくかもしれない。

2022年9月25日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

自分の人生に納得していない自分はどの位いますか?

今まで生きてきた人生の中で、納得していない自分がいると、人生を先に進めることが出来なくなることがある。

例えば心から好きだと思える異性に出会って、お付き合いするなり結婚するなりしたい気持ちがあったのに、それほど好きでもない人と結婚していたり、恋愛したい自分から目を背けて仕事ばかりに打ち込んでいたりすることによって、そのことは起こりやすくなる。

ある程度人生が軌道に乗って、頑張ってきたことがそれなりに評価されながらも、何か心の中に不満のような、寂しさのような、悲しさのようなものが付きまとう感じが止まらない。

そのような思いを持ちながら、なんとかして人生のステージアップを試みようとしても、納得のいっていないもう一人の自分が、形を変えてリベンジしてくることがある。

魅力的な異性に出会って不倫を重ねたり、好きでもない人からしつこく付きまとわれたり、心が引き裂かれるような、心の半分がグチャグチャになるような体験をするようになるかもしれない。

そのまま進んでいけば良い人生だったかもしれないのに、自分で自分を壊すような方向へ進んで行ったり、壊れてしまうような状況に追い込まれいったりする。

こうしたことは、人生に納得のいっていない自分を放置し続けた結果として起こる現象と言えるだろう。

そんな自分をなだめるのは容易ではないが、投げやりになることなく丁寧に心の底で思ってきたことに耳を傾け、それを誰かと分かち合うなりして心の対応をしていきたいものである。



2022年9月23日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

両親に対して募る不満が・・・

両親のことを好きになれず、なかなか良い関係を築けないという葛藤を抱えている場合、心の状態がどこか不安定になってしまうことがある。

そしてその心の中の不満を、知らず知らずのうちに両親以外の人達にもぶつけてしまっていることがある。

もしそのようなことが続いていれば、周囲との関係性が悪化していくのは無理もない。

心の中に不満な気持ちをため込んでいくことは、自分にとっても周囲の人にとっても良い影響をもたらすことにはならないだろう。

であれば自分がため込んだ不満は、どうにかして処理していく必要がある。

その不満はいつ頃から? 

いったいどんなやり取りから生じたの?

あなたが言った一言に対して、否定的な返答をされた?

あなたが一生懸命取り組んでいることに対して、見下すような意見を言われた?

あなたが大切に思っていることや人に対して、鼻から信用してもらえなかった?

それはそれは悔しい思いを積み重ねてきたのかもしれない。

そんな両親の価値観や、思いを変えようとしていろいろ話をしても、跳ね返されるだけで、そのたびに傷ついてきたかもしれない。

どうしてこんな両親のもとに生まれてきてしまったのだろう?と嘆いても嘆いても何も始まらない・・・

ではどうすれば、このような関係性を変えることができるのだろう?

相手を変えようとしてもどうにもならないのなら、自分自身の内側を見直していくようにすることから始めてみたい。


例えば自分の心の内側には、親に対するどんな思いや固定観念があるのだろうか?というところを観ていくようにする。

そうして観ていった時に、親に対する決めつけがあったりしないだろうか?

例えば、母親なんだから私を受け入れるべきなのに!

父親なんだから私に理解を示すべきなのに!

親なんだから私を応援するべきなのに!共感するべきなのに!

これらは一見当たり前のことのように感じるかもしれないが、親も一人の人間、人を受け入れる器の大きい人もいるし、ちょっとしたことが受け入れられない人もいる。

人に対して深い理解を示せる人もいるが、そうでない人もいる。

人を応援したいという人もいれば、人より自分が認められたいという人もいる。

あなたの親はどんなタイプの人間なのだろう?


人はそう簡単には変われないし、変わっていくのには時間もかかる。

親だからと言って成長途中の一人の人間、過剰な期待をしてしまうのは酷なことでもある。

両親に対して不満をぶつけ続けて結果的に自分の運気を下げてしまうのなら、発達過程で至らぬ両親のありのままの姿を受けとめていく心を、自分が育んでいく方が早いかもしれない。

お母さん・お父さん・おやじ・おふくろなどと呼ばないで、下の名前で○○さんと呼んでみることから始めてみるのもよいかもしれない。

実際に呼ぶことが難しいなら、心の中でそう呼んでみてもよいかもしれない。






2022年9月22日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

どうにもやる気が・・・

普段人の為、誰かの為に神経を使い、仕事・家事・育児等に明け暮れていたりすると、自分が疎かになることがある。

自分自身の気持ちを抑圧し、あるべき自分を生き続けていれば、抑圧された自分からいつかしっぺ返しがやってくる。

どうにもやる気が起き無くなる・・・

いつもしていることに嫌気がさして仕方なくなる・・・

などのサインが出てくるようなら、心の底に抑圧していた本当の気持ちが浮上してきているのかもしれない。

そんな時は自分自身に優しく目を向け、できるだけ自分の時間を作ってあげることを心掛けたい。

そうしようとしてもネガティブな気持ちが湧いてきて仕方なかったら、誰かに話しを聴いてもらうのも悪くない。

或いはもし出来るようであれば、いつもしていることを誰かに任せ、今までなかなか出来なかったことをしてみるのも悪くない。

いずれにしてもこのような時は、今までの人生の流れから一旦自分を外してあげたいものである。





2022年9月21日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

なんとなく気になっていることを大切に

私たちはよく考えているようで、大して考えずに振舞っていることがある。

特に物事に慣れてくると周囲からの刺激に自動的に反応して、それらを処理しているだけになっていることがある。

よく考えたら、本当にそれでよいのだろうか?と思うことがあったとしても、いつも通りだからまあいいかと、なんとなく気になっていることに目を向けることを止めてしまう。

そうしたことをしばらく続けていると、ある日ハッとさせられるような出来事に遭遇したりする。

急に人から頼りにされなくなったり、

突然誰かに怒鳴られたり、

大きな事故が起こったり、

子供が学校に行かなくなったり、

パートナーに三行半(あるいは別れ話)を突き付けられたり等々・・・



どうしてこんなんことになってしまったのだろう?

それは、なんとなくこれで良いのだろうか?と疑問に思っていたあの時の小さなサインを見過ごしてきた甘さの積み重ねが、ついにここに至ったのである。

もしこのようなことになってしまったら、習慣に身を任せてあらゆることに無関心になっていた自分を反省し、まずはやり直せることからやり直していく覚悟を持つことである。

2022年9月15日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

より良く生きようと

これをしたらあれをしてと、次から次へと事に追われる日々を過ごしていると、心が乾いてしまうことがある。

現代社会では、多くの人がより良く生きようとして、日々行うことが多くなっているのかもしれない。

しかし自分が少しでも良くなるために、或いは生活を少しでも良くするためにしていることが負担となり、 返って体や心を疲弊させてしまうことがある。

或いはそうした習慣のようなものばかりに捉われ、内面が疎かになっていることもある。

いずれにしてもこうしたことが続けば、

ふとした時に心の中に虚しさを感じたり、

体調が崩れたり、

人間関係や家族関係に不調和が生じたり、

仕事がなぜかうまくいかなくなったりすることがあるだろう。

これらは一旦立ち止まって、自分のしていること、してきたことに偏りはないか?

大事なことを見落としてはいないか?

また本当の気持ちが望んでいることは何か?

を確かめる必要がありますよ!

と現実から警告されている可能性がある。



こうした時は、 自分がいつも行っている習慣や、習慣的に考えている枠の外側から今一度見直していく必要があるのである。

2022年9月14日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

心が言うことを聞いてくれない時

どうしても心がいう事を聞いてくれない時がある。

例えば仕事をしなければならないのに、休みたくて仕方ないとか、

勉強しなければならないのに、全くやる気になれないなどである。

このような感じが続くようであれば、そんな自分を無理やり従わせて抑え込むより、できることならやりたくない気持ちを尊重して、その気持ちに寄り添ってみることをお勧めしたい。

自分の内側の気持ちに寄り添う時は、そうなっている何らかの理由が必ずあるということと、そこにしっかりと耳を傾けていく態度が大切になる。

そのような姿勢をもって自分に温かい気持ちで触れ合うことによって、自分をベストの状態へと内側から導いてくれるということが起こるようになる。

重要なポイントは、自分自身を信頼することである。

人は通常自分を信頼してくれる人や、尊重してくれる人には、それに応えたいという心理を持っている。

どんなことになっても、そこに信頼する気持ちがあれば、人生が悪くなる方向へは進み難くなるのである。





2022年9月4日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

決めつけてしまってはいませんか?

どうせあの人とはうまくいきっこない・・・

どうせあの人には解ってもらえない・・・

どうせ自分のことには関心がない・・・

そう決めつけてしまえば、その人との関係が良くなってくことはないだろう。

にもかかわらずその人との関係を続けていくのはなぜだろう?

心の奥底には、全く別の気持ちがあるのかもしれない。

本当は解り合いたいけど、そう期待して裏切られるのが怖いのかもしれない。

その人に対して持っている素直な気持ちを、そのまま伝えられたら何かが少し変わるかもしれない。

伝わらないのは、「どうせ○○に違いない」という決めつけの思いから言葉を伝えているからかもしれない。





2022年8月28日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

少しだけ深く自分を見つめてみると

自分の内側に深く入っていくと、他の人たちと心が繋がっていることに気づくことがある。

こんなにもあの人から思われていたのか、

こんなにも支えられていたのか、と。

自分の思考の中だけで右往左往していても何も見えてはこないが、

そこから一歩深く内側に踏み入れることが出来れば、

様々な現実や現状が見えてくる。

自分の思考や判断だけが真実であるとは限らない。

人生が行き詰ってきたら、いつもと違った心のアプローチを試みたいものである。


2022年8月26日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime

自分に向き合うってどういうこと?

自分自身と向き合うというのは、いったいどういうことなのだろうか?

それは今自分に起こっていることや、そこで実際に自分が思っていることにまずは注意を向けることから始まるのではあるが、そこだけに留まらず潜在意識を含めた深い部分にも、しっかりと目を向けていきたいものである。

普段の自分では気づけない部分や、気づきたくない思い等が、心の中にはひしめいていたりすることがある。

そのような部分に目を向けていくことは、自分一人ではどうしても甘くなってしまい難しいかもしれないが、そこにこそ今までの自分を進化・成長させていく種が眠っていたりするのも事実。

もし人生が行き詰って先に進めないと感じているようなら、少しずつでもよいから、そこへと進む一歩を踏み出していきたいものである。




2022年8月16日 | カテゴリー : ブログ | 投稿者 : 「ほっ」とTime