【本来まじめに生きることとは?】

query_builder 2026/08/20
心理学講座・カウンセリング講座
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まじめな人程、

自己信頼感が不足しがちな傾向があるかもしれません。



なぜなら、まじめな人は、

『こうでなければならない』

『こうであるべきだ』

という世間一般の人が良しとする人間像だったり、ルールだったりを重んじ、

それを自分に課している人が多いからです。



また自分をこうあるべきという人間像やルールに添わせて生きていく為に、

心が固くなったり、融通が利かなくなったりすることもあります。

自分をルールで縛るからこそ、

心が不自由だと感じることが多くなり、

ストレスをため込むことも多くなります。



まじめが過ぎてそのストレスの状態が限界に達してしまえば、

まじめだったあの人が、「え!そんなことするの!」と、

世間を騒がせたりする事件を起こしたりすることさえあります。



もしもそうなってしまうぐらいなら

こうあるべきと自分を縛らずに、

自分の心のありようをそのまま尊重し、

少し気を楽に生きられたら良いのかもしれません。

しかしまじめな人はそうすることが一番怖いと感じる傾向もあったりします。



何故怖いのかと言えば、

自分の内側から湧き起こるごく自然な感情や思いのままに生きてしまったら、

とんでもないことになってしまうのではないか・・・

と心の底で思っていたりするからです。



それはまさに自分に対して性悪説を唱えていて、

自然な自分の姿をどこかで信用していないところがあるからなのです。

逆を返せば自然な自分の感情や思いを普段抑え込んでいるがゆえ、

それらの思いが心の中に溜まり過ぎてモンスターのように巨大化してしまっていることを、

どこかで解っているからこそ、それを取り扱うのが恐ろしいと感じてしまっているのかもしれません。



本来まじめとは真面目と書きます。

真は真実・真の姿、

面は向いている方向、

目は見るとするなら、

まじめとは、物事の真実や真の姿と向き合っている状態を意味します。

また辞書に真面目とは、「本気・真剣であるさま」と書いてあったりもします。

本来の真面目な生き方というのは、

自分自身の真の姿と向き合い、

真実を見つめ、

それと向き合って生きていく姿勢をいうのではないでしょうか。



もしも本来の意味において真面目に生きていきたいと思う時は、

世間一般や他者が良しとする基準や期待に

自分を当てはめようとするのではなく、

しっかりと世の中の真実を見極め、

それに対し真の姿の自己を表現していくという生き方にシフトさせていく・・・

そんな生き方が出来れば、真面目に生きることが誇りに思えてくるのではないでしょうか。

・・・

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